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連載開始から36年、100巻突破『キャプテン翼』作者・高橋陽一「翼がくれた世界への感謝」

CULTURE
サッカー漫画の金字塔、『キャプテン翼』。1981年に週刊少年ジャンプにて連載が開始されて以来、現在までシリーズが続き、2017年6月に刊行した『キャプテン翼 ライジングサン』6巻をもってシリーズ通巻100巻を迎えた。19歳で漫画家デビューしてから約36年のキャリアを誇る、作者の高橋陽一氏が、『キャプテン翼』誕生秘話や、仕事へのこだわりなどを語ってくれた。

”キャプ翼”作者は、野球漫画大好き少年だった

『キャプテン翼』は日本サッカー界に大きな影響をもたらした作品。今でこそサッカーは人気スポーツになっているが、プロリーグのなかった1980年代は今ほど市民権を得ていないスポーツだった。それが、『キャプテン翼』以前と後ではサッカーの競技人口が劇的に変わったといわれている。日本で、世界で活躍するプロサッカー選手の中でも『キャプテン翼』に影響を受けたと公言するプレーヤーも多数存在する。ペンで偉業を果たした高橋陽一氏は、どういう思いで漫画を描き始めたのか。
「100という切りのいい数字を見ると、改めて長く描いててきたなと感慨深いです。漫画家になった当時は、ここまで長くやるイメージは全くなかったですね。その場の全力投球を続けてきました。

子供の頃から絵を描くのが好きで、漫画を読むのも好きだったので、ごく自然に “漫画家”という仕事を選びました。『巨人の星』(梶原一騎)、『あしたのジョー』(ちばてつや)、手塚治虫先生の作品とか、ジャンル問わず漫画全体が好きな少年でした。特に『巨人の星』は子供のころから野球が好きだったから、ボロボロになるまで読んでいました。キャラクターが好きというよりは、“野球漫画である”ということが僕にとっての魅力でしたね。その後も『ドカベン』(水島新司)も熟読しました」

野球漫画大好き少年だった高橋陽一氏がサッカー漫画を描くきっかけとなったのが、1978 年にアルゼンチンで開催されたFIFAワールドカップだったという。

「高校3年生の時にアルゼンチンのワールドカップを見て初めて、?サッカーって面白い”と思って、そこから興味を持ったんですね。当時はインターネットもなくて、サッカーメディアも少なかった。サッカー雑誌をむさぼるように読んでいました。バックナンバーも探してね。当時のワールドサッカーシーンは雑誌で少しずつ知識をつけていきました。漫画を描く前の状態でも、スポーツは好きでしたから、ペレは大好きな選手でした。アルゼンチンワールドカップではマリオ・ケンペス(大会MVP)、その後はマラドーナが出てきたりとか、当時はすごいなと思って楽しみに見ていました。サッカーの醍醐味はゴールシーンですよね。そこに至る過程を含めて好きですね」

『キャプテン翼』に込めた作家の”夢”「途方もない夢に向かって頑張ることのすばらしさ」

(C)高橋陽一/集英社

(C)高橋陽一/集英社

漫画家になった当初、読者に伝えたかった高橋氏の想いの核はどんなものだったのだろうか。キャプテン翼に込めた作家としての?夢“とは。

「『キャプテン翼』という作品のテーマは“夢をもって頑張る”ということ。それをずっと描き続けてきました。大空翼の夢は“世界一のサッカー選手になること”であり、“日本をワールドカップで優勝させる”こと。その途方もない夢に向かって頑張る少年たちの姿を描きたかったんです。もう一つ伝えたかったことは、連載当時、日本のサッカーは盛んとは言えませんでしたし、プロリーグもなかったので…“この面白いスポーツを伝えたい”って思いはありましたね」

「影響を受けたと言ってくれるプロ選手がいますが、素直に嬉しいです。当時は今みたいにサッカー番組もなかったし、サッカー情報を自由に取れる時代じゃありませんでした。『翼』でサッカーを勉強した人とか、サッカーをしない人でも翼を読んで?サッカーってこういうものなんだ”って分かってもらえたりと、『キャプテン翼』はサッカーの素晴らしさを伝えるツールにはなれたのかな、少しは貢献できたのかなって嬉しく思います」
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