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篠山紀信「 “時代”と併走し続ける」

CULTURE
1960年代から現在まで常に写真界の第一線を走り続けてきた篠山紀信が、今まで誰もやったことのない写真展に挑む。長年“美術館は作品の死体置き場”と嘆いていた篠山は、原美術館に出会い、その創造力をかき立てられた。今までの写真展とは全く異なる、新しい写真展について話す様子から、時代をパワフルに駆け抜けてきた篠山の想いを感じることができた。
Profile 篠山紀信 
1940年東京都出身。日本大学芸術学部写真学科在学中から広告制作会社ライトパブリシティ写真部で活躍、1961年に日本広告写真家協会展公募部門APA賞を受けて脚光を浴びる。1968年にライトパブリシティを退社し、フリーの写真家として旺盛な活動を行う。同年、最初の作品集「篠山紀信と28人のおんなたち」(執筆:三島由紀夫、発行:毎日新聞社)を出版。以来、刊行した写真集は300冊を越える。1991年に発表した宮沢りえの写真集「Santa Fe」は155万部のベストセラーになり売上記録は未だ歴代1位。ジョン・レノン、オノ・ヨーコ夫妻の写真集など、“時代”を最先端の場所から切り取り続けている。
information
日本建築史上に輝く原美術館を、篠山紀信がカメラによって《快楽の館》に変貌させた。壇蜜、矢吹春奈、佐々木心音など33名のモデルを起用し、原美術館で全てヌード撮り下ろし。原美術館での4ヶ月の写真展開催と、展示される写真やメイキング写真等も収録した写真集「快楽の館」(講談社)を発売するコラボ企画。2016年9月2日発売、B4変型判全104ページ。3780円/講談社
篠山紀信「快楽の館」2016年 (C)Kishin Shinoyama 2016

篠山紀信「快楽の館」2016年 (C)Kishin Shinoyama 2016

ヌードは、イメージを純化して表現する手段

今回の写真展はすべてヌード写真で一貫されている。ヌード写真の歴史はそのまま写真の歴史であると言ってもよいほどで、篠山は日本大学芸術学部の卒業制作から現在に至るまで数多くのヌードを撮影してきた。ここで改めて、「篠山紀信にとってヌードとは何か」問うてみた。
「僕にとって、ヌードとは、僕のイメージを純粋な形で表現できるものですね。人は、服とかメイクとか髪型によってイメージが変わったりして、時代なり、ファッションなりが主張してくるじゃないですか。なので、僕の持っているイメージを、そのまま直接的に表現するということは、一糸まとわない身体だけの方が良い。純化された形で僕のイメージを表現できるワケです」

篠山の代表作品と言えば、ベストセラーとなった宮沢りえの写真集『Santa Fe』(サンタフェ)ではないだろうか。1991年に発売され25年も前のことではあるが、「それを語るには1日かかっちゃうよ」と苦笑しながらも、当時の想いを聞かせてくれた。

「サンタフェ(アメリカ/ニューメキシコ州)という場所は、ジョージア・オキーフという画家とアルフレッド・スティーグリッツという世界的写真家の夫婦が、創作活動をしていたところ。そこで創作された作品を学生の頃に僕は見ていて、素晴らしいと思っていたんです。だから、サンタフェはモノを作る人たちにとって聖地だと思っていた。そこで、この写真集の話になって、宮沢りえが汚れを知らない、一種の聖女なワケで…。聖女を撮るんだったら、聖地に行って撮ろう…と、サンタフェに行ったんです。それまでサンタフェという場所は、日本人にはあまり知られてなかったけど、突然なんか有名になっちゃってね(笑)」

被写体の魅力はもちろんだが、写真集『Santa Fe』もそうだったように、写真を撮る上で篠山が大切にしているのは、場所の力。今回、原美術館から写真展のオファーがあって、最初にしたことは“原美術館”という場所を知る事だった。
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